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アジサイ咲いてます。でもきれいなのは花ではありません?

あじさい


 「紫陽花(しようか)」と漢字で書いてアジサイ。
 漢字や片仮名で書くよりも「あじさい」と平仮名の方がよく似合うと思います。

 梅雨時に咲く花の代名詞とともに、梅雨そのものの象徴にもなっています。

 小さい花が丸く集まって一斉に咲いている様子は、大きな一つの花のようです。

紫陽花の“花”[長居植物園]
紫陽花の“花”[長居植物園]




実は花びらじゃない?!


 でも、そのアジサイの花。
 実は花ではありません。いや、花びらではありません。

 じゃあ、ドクダミのような(ほう)が変化したものでしょうか。

 そうではなく、(がく)が花びらのようになったものだそうです。

アジサイの“花”のアップ[長居植物園]
アジサイの“花”のアップ[長居植物園]




がく


 萼というのは、花びらの外側の部分で、普通は緑色をして花の付け根あたりについています。
 アジサイの花びらに見えるところはそれが緑以外の色に変わったものなのです。

 アジサイにしろドクダミにしろ、花びらを小さくしたのに苞や萼を花びらのように変化させる。
 なら最初から花びらを小さくしなければいいのに、と思うのですが理由はよくわかりません。


適者生存?


 ダーウィンの進化論の、環境に適応したものが生存競争を勝ち抜いて生き残るという考え方を「適者生存」といいます。

 しかしその戦いを生き抜いてきたはずの身近な生き物たちを見ていると、結構意味不明わけのわからないものもいっぱいあります。
 「適者生存」というよりも、多少適当でもよほどひどくなければなんとかなる「不適者脱落」ではないか、と思ったりします。

 生き物は不思議です。


アジサイの名所


 アジサイの名所は各地にありますが、今回の画像はおなじみ大阪市立長居(ながい)植物園です。

 長居植物園にはアジサイ園と呼ばれる地区があり、小川をはさんで両側一面アジサイが植えられています。
 一斉に咲いている様子はまるで「紫陽花の谷」。

長居植物園のアジサイ園
長居植物園のアジサイ園



 反面、アジサイの季節以外は緑の低木が茂っているだけの場所ですが。

 その場所が年で一度だけ華やかになるとき。
 それが今です。


◆記事ナビ◆ 〔夏の花〕 〔長居植物園〕


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タグ: アジサイ  萼の花  夏の花  長居植物園  植物園 

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comment

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そもそも「進化」って言葉に問題が?

** とらまた さんへ **

私の方が言葉足らずでもうしわけございません。
とらまたさんがID説信者でないことは文面から理解しています。

「なんでも神で結論つけてしまっては」という言葉は「ID説信仰者」や「ある種の信仰を持っている人」のような主語を省略していました。
決してとらまたさんのことではありません。
誤解させるような書き方をしてもうしわけありません。


短い文章で自分の考えを誤解を与えずに述べるのはなかなか難しいものです。
ブログ本文よりも長くなるならともかく、現在の量でしたまったく長文とは思いませんので、気になさらずにお書きください。
頻度もお気になさらずに。

ただ、私の仕事の状況などで返信が遅れれることもあると思いますので、その点ご了承ください。


さて。
イルカと魚の相違点の話題もおもしろいのですが、親記事がアジサイですのでアジサイの話しにします。

一般にアジサイと呼ばれるのは当然品種改良された園芸のようです。
その原種とされるのが日本産のガクアジサイ。
ガクアジサイの花は周辺にのみ「アジサイ型」の萼が変化した花が咲きます。
でもこの花はオシベもメシベも退化して生殖能力が無いそうです。
もちろん中心に咲く小さな「花」には生殖能力があるようですが。

こうしてみると、アジサイという植物は萼が花びらに変化したというだけでなく、興味深いところがいろいろありそうですね。

などといろいろと考えていると、そもそも「進化」という言葉が誤解のはじまりであって、「変化」の方が合っているのでは、と思う今日この頃です。

ID説に関しては誤解です。

いえいえ、ID説(神と明言はしないものの高等な知性が進化を促したという説)は冗談ですよ。
空飛ぶスパゲッティーモンスター教なんて強烈なID説への皮肉ですし。
偶然性による進化に関してはID説とは無関係ですし、別の要素として存在するだけでダーウィンの進化論と矛盾する内容でもありません。
もっとも何れも検証はできても証明ができないというのが困ったところなのですが。

偶然性による進化を平たく言うと「どっちでも良い進化」といった感じでしょうか?偶然生まれた偏りによる多様化という進化の1要素と捉えています。

紫陽花であれば(紫陽花の先祖が元々どのような姿だったかは存じませんが)
ダーウィンの進化論:環境として花びらが鮮やかでない方が有利だったため、少しでも鮮やかでないものが生き残り交配が進み、花びらが退化した。
偶然性の進化論:環境として花びらが鮮やかである必要性がなく、交配が繰り返された結果、たまたま鮮やかな花びらを維持したものと、花びらが退化したものとが生まれた。
両進化論とも花びらが退化したものは、その後環境の変化によりれて萼が花びらのようになった。

という感じになると思うのですが……すいません、何か上手くお伝えすることができないので御不快でしたら、ごめんなさい。
ただ、神をもち出して偶然性を語っている訳ではございませんので、その点は誤解なきようお願いいたします。

退化も進化ですが、退化したものを再び得ることは困難だというのは聞きますね。
ノートさんの仰るとおり特に海洋哺乳類を見ていると顕著に現れているなと思います。
(稀に先祖返りした個体が生まれることもあるでしょうけど。)

すいません、毎度毎度長文のレスになってしまいまして……珍しくお話が合う方なのでちょっとヒートアップしてしまいまして………。
今後は少し自重しますね。

それを言ってはおしまいです。

** とらまた さんへ **

アジサイが一度無くした花びらのかわりに萼を変化させたように、一度無くしたものは別のもので補わないといけないようですね。
たとえばイルカは陸から海へ戻ったにもかかわらず、海中で便利なエラを取り戻せず相変わらず肺で呼吸しています。
どうやら進化というのは形は可逆的でも構造は不可逆的なようです。


ファーブルの昆虫記を読んでいると、昆虫の体のつくりと行動はとても巧妙にできていることがよくわかります。
一体どうしてこんなことができるようになったのか、「進化」なんて言葉だけで到底納得などできません。
神を持ち出したくなる気持ちも理解できます。

でも、なんでも神で結論つけてしまっては、それで終了。おもしろくないですね。
生き物がとても長~い時間をかけて試行錯誤を繰り返して多様化の中から絞り込んで行く過程をいろいろと推理して突き止めるのがおもしろいのに。


「ベクター・ケースファイル」はおもしろそうですね。
機会を見つけて、まずは1巻読んでみます。
教えていただきありがとうございます。

偶然性からの進化

恵まれた環境における余裕から生まれる偶然の進化、このお話は某科学雑誌(といいますかNewton)の受け売りなんですけどね。
でもなるほど、と納得させられるものでした。
今度またその雑誌を探してBlogの記事でも書いてみようと思います。
何分量が膨大なので何年の何月号かさっぱり(汗

>某昆虫漫画
漫画的過剰表現(現実では起こらないであろう事件)や、掲載紙が悪かったのか青少年に宜しくない表現が若干あるので胸を張ってはオススメはできないのですが、「ベクター・ケースファイル」という漫画ですね。
昆虫が主人公の漫画ではありません。
昆虫に詳しい女の子が身の回りで起きる虫にまつわる問題を解決してゆくという内容なのですが、昆虫に関する部分は割と真摯に描かれていると思います。

ピースケの冒険って調べましたが何か……凄い漫画ですね。

爆発時代

** とらまた さんへ **

ダーウィンの進化論に対する批判は今に始まったことではなく、一回りほど年下のファーブルも「そりゃちがうんじゃない?」というようなことを言っています。
もっとも、ダーウィンが思いついた時の欧米世界であればあれが精一杯なのかもしれません。


数億年の淘汰を経た現在の生き物からではわかりにくいと思いますが、大きな淘汰の力を受ける前とも考えられるカンブリア紀の生物のことを知れば知るほど、どう考えても生き物は無駄の塊とか思えなくなるのです。

その無駄が生存を左右するような事態になったときに、ふるいにかけられてしまう。
逆に言えば、そうなるまでは無駄の塊(適者ではなく)でも生きていくことができる。

その無駄の中から(たまたま?)優れた形質が生み出されてくる。
そういう考え方には納得できます。


ところで、「某昆虫漫画」とはなんでしょうか?
「昆虫物語ピースケの冒険」なんて古い作品くらいしか思いつきません。
おもしろそうですね。

進化

またも花じゃないシリーズですね!
>最初から花びらを小さくしなければいいのに
同意です。タンポポのように1つの花に見えるのは実は~というのは意味があると思うのですけどね。

話は変りますが、紫陽花といえば先日、神奈川で紫陽花の葉が酷い食害にあっているというニュースを目にしました。
アオドウガネが犯人の可能性が高いものの謎が残るとかいった話で……某昆虫漫画の主人公の見解を聞きたいものです(ご存知なかったらすいません)

>適者生存
先日、友人とヒートアップしてしまった話題なのですが、正直私は「ダーウィンの進化論」をあまり信じていません。
というより、一つの要素でしかないと思っています。
色んな生物を見ていると、信じがたいものがありますよね。

最近(といっても大分前から言われていることですが)
「環境に恵まれているため、ある機能や器官は特に必要ではないという状態にあり、たまたまその機能や器官が失われる、もしくは伸ばされる方向に進化していった。」
という、進化は多分に偶然性に依存しているという説が有力らしいです。

具体的な例として挙げられるのが人間で
果物が豊富な環境にあったため、体内でビタミンを作る必要がない。→サルは体内でビタミンを作れるが人間は作れない。
といった話らしいです。

しかしどの説も証明のし様がないのが厄介ですね。
あくまで「それなら説明はできる」というだけで、実際の進化を早送りして直接観察でもしない限りは。
色々な要素が複合的に作用しているんだと思います。

極端な話ID説も否定することができませんしね。
空飛ぶスパゲッティモンスター教に入信しませんか?^^
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都会の植え込みから自然あふれる山まで。
新米ビオトープ管理士でフィールドワーカーのノートが生き物たちとの出会いを書いています。

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