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「神社合祀に関する意見」南方 熊楠 著 100年前なのに今の社会より進んでいるエコロジーの考えが感じられます。

南方熊楠さん

 南方熊楠さんが東京帝国大学(現東京大学)の白井光太郎(しらい みつたろう)さんに送ったものです。

「神社合祀に関する意見」のほか
粘菌の論文などが掲載

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 以前より有名になってきたとはいえ、さすがに日常的に耳にする名前ではないでしょう、多くの人にとっては。
 もちろん「みなかた くまぐす」と読める人には、説明の必要はありません。
 江戸末期の1867年に生まれ、昭和初期の1941年に没した科学者です。
 専門は生物学と民俗学、自然科学と人文科学というあまり繋がりがなさそうなジャンルですが、当時すでに古い言葉となっていましたが「博物学」という方がイメージしやすいかもしれません。

 まだ旅客機がなかった明治時代に、日本という枠を越え世界を渡り歩き、数か国語を操り、1890年代にはイギリスの大英博物館で働き、イギリスの科学誌ネイチャーの論文掲載数は日本人最高レベルというとんでもない人です。
 生涯、粘菌(変形菌)やキノコなどの研究を続けましたが、論文をほとんど発表しなかったため、日本では科学者としてはあまり高い評価は受けていなかったようです。
 でも、そこもすごいところです。

変形菌のクダホコリ

非欧米絶対視

 現在でも欧米文化や欧米で発達した学術研究する日本人は、欧米の価値観を「絶対的な正しいもの」として無批判に受け入れる人が少なくありません。
 それが文明開化もまだ途中の明治時代なら、欧米の価値観を疑う人はほとんどいなかったでしょう。
 ところが熊楠さんは欧米の「進んだ」価値観を受け入れつつ、おかしいものはおかしいと流されることはありませんでした。
 本当にすごい。

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白井光太郎さん

 白井さんは日本の植物学・菌類学の研究者。
 当時はまだ未発達だった日本の植物の病気についての研究を大きく進展させました。
 その白井さんに熊楠さんが送った、明治政府の神社を統合する政策に対しての反対意見です。
 熊楠さんは広く反対運動を行っていましたが、この手紙が文庫化されるなど手に入りやすく、内容もまとめられているので最も有名かもしれません。

神社合祀令

 まずはテーマである「神社合祀」とその周辺について。
 明治時代末期。
 政府が神社を整理しようとしました。
 その理由は、明治時代がはじまるときに国家が祀るものとした神社を統合して、経費を集中させ、管理をしやすくするため。
 そして、数を減らし、大きな神社に信仰を集中させることによって、神社の権威を高めるため。
 とすると、なんか神社を大切にしているように見えます。

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神社と信仰

 小さな神社や祠(ほこら)は日常的な神様ですから、集落の近くに必ず作られ、長い間人々によって祀られていました。
 それが統合によって、時には山の向こう、川の向こうなど遠くに無理やり移されてしまいます。
 そうなると日々のお祀りができなくなってしまいます。
 また大きな祭りのときなどは、村から遠く離れた場所にまで行かなければならなくなり、祭りの形も目的も変わってしまいます。
 むしろ、神社とその信仰を軽んじている政令なのです。

神仏習合

 神社は仏教と並んで日本の伝統的な宗教と思われていますが、今あるのは明治以後につくられた新しい姿。
 実は江戸時代まではお寺と神社は同じだったのです。
 これを「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」といいます。
 もうちょっと詳しく言えば、神社の神様は仏教の仏様が姿を変えて現れたもの(権現(ごんげん))で、仏様より下の存在とされていました。
 そして神社には必ずお寺が作られていました。
 今も残る有名な社寺で言えば、奈良の春日大社と興福寺です。

神仏分離

 それが、神社の信仰を政治に利用しようとした明治新政府によって、神社とお寺を分け分けることになりました。
 神仏習合は平安時代から始まり、およそ千年の歴史があります。
 つまり、日本の多くの神社とほとんどのお寺にとっては神仏習合していた期間が最も長いのです。
 そのため、日本には昔ながらの神様でも仏様でもない、かわった神様や来歴がわからない神様も少なくありません。
 それを無理やり神社かお寺に分けなければならないのです。
 それだけでなく、神社にするときは来歴のはっきりとした神様としなければなりません。
 また、修験道や陰陽道のように政府に廃止されたものもあります。
 その上、神社に規制を加えることになったのが神社合祀令です。

鎮守の杜

 「鎮守の杜」という言葉が表すように、神社には広大な杜(もり)がつきものでした。
 「杜」は信仰の対象になるような森のことです。
 それが明治に武士同様に所領が没収され、神社の杜はどんどん小さくなっていきました。
 社会の価値観が大きく変わったのですから仕方ないとはいえ、これも明治政府の規制のひとつといえるかもしれません。

ものすごく古い上賀茂神社とものすごく新しい明治神宮

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 たとえば京都の下鴨神社。
 平安京ができる以前からある古い神社で、元は明治神宮とは比べ物にならないほどの広さの杜を持っていました。
 それが現在は参道周辺に少し残るだけ。多くが住宅地などに代わってしまい、5分の1にまで小さくなってしまいました。
 最近、神社の維持管理の経費等のため神社境内にマンションを建てることについて近隣住民が大反対をしています。
 ところがその住民たちの多くは、もともと神社の杜だったところに住んでいるかもしれません。皮肉なことです。
 ちなみに、日本中の神社が国策で規模を小さくさせられる中、広大な土地を用意され新しく作られたのが、日本でもっとも正月の参拝者が多い明治神宮です。

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一つ目から七つ目

 さて。
 江戸末期生まれの熊楠さんにとってはお寺と別けられた神社は「当たり前」の存在だったかもしれません。
 それでも博覧強記の熊楠さんにとっては、その歴史的経緯もよく理解していたでしょう。
 熊楠さんはこの手紙の中で神社合祀に反対する理由を八つ挙げています。
 一つ目から七つ目までは、人々の生活や日々の信仰にかかわることです。
 言うなれば、民俗的なこと。
 もちろん熊楠さんらしい指摘だと思います。
 それに、当時の人にとっては身近な問題として感じることができたでしょう。

熊楠さんのスケッチで有名なキツネノエフデ

エコロジー

 そして最後の八つ目が自然破壊について。
 自然の生き物についてが一番最後のたった一つの項目というのは、自然の中の生き物を相手にしていた熊楠さんらしくなく見えるかもしれません。
 しかし熊楠さんは一番言いたいことをあえて最後に持ってきたように思います。
 実際に熊楠さんが神社合祀に反対した最大の理由が自然破壊だった、といろいろな方が指摘されています。

「合祀は天然風景と天然記念物を亡滅す」

 「合祀は天然風景と天然記念物を亡滅す」が八番目の理由です。
 神社を合祀することによって長い年月守られてきた杜が消え、そこに住んでいた貴重な生き物たちが失われるというのです。
 今なら、天然記念物という特定の生き物や場所のみの問題ではなく、もっと大きな範囲で、「環境」とか「自然」という言葉が使われるでしょう。
 こんな範囲の狭い言葉を使ったのは、熊楠さんといえども100年前のことなので仕方ないことなのでしょうか。

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 そうは思いません。
 熊楠さんはすでに「エコロジー」という言葉を使っていました。
 「環境」という言葉の意味を知っていたのです。
 つまり、「天然記念物」という具体的な言葉を使ったのは、当時の日本人、それも政治的力を持つような人々の認識の限界だったからでしょう。
 熊楠さんの書簡は、そういった人たちを動かすためのものですから。

 この「エコロジー」、つまり環境や自然など、あらゆる生き物が関係する問題は、今でも、いや当時以上に重要な課題になっています。
 たとえば、地球温暖化のように。
 さすがに天然記念物という小さな範囲だけで環境が守られるとは思われていないと思いますが、はたして、無数の生き物が複雑に絡み合っている「エコロジー」をちゃんと意識できているのでしょうか。
 まだまだ100年前の熊楠さんの背中を遠くから眺めているだけのような気がします。

 生誕150年の年にそんなこと考えました。

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新米ビオトープ管理士でフィールドワーカーのノートが生き物たちとの出会いを書いています。

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