茶と茶の木
お茶はツバキ
属の
常緑じょうりょくの
照葉樹しょうようじゅです。つまり、冬になっても葉がついていて、葉の表面はつるつるしている木、ということです。
名前は
学術的がくじゅつてきには「チャノキ」とよばれるようですので、「茶」というのはその葉からつくったいわゆる「お茶」を指すものなのでしょう。
果物くだもののモモがなる木は「
桃ももの木」、クリがなるのは「
栗くりの木」と呼びますので、これと同じことだと思います。
お茶はいつ来た?
お茶の木は
中国ちゅうごくの
雲南省うんなんしょう付近ふきんからインドの
北東地方ほくとうちほうにかけての
地域ちいきに
自生じせいしているといわれています。
日本には
自生じせいしていたかどうかははっきりとしていません。
九州きゅうしゅうなどでは山の中に
自生じせいしているところがあるということですが、人が
容易よういに入ることができない場所では見つかっていないようです。
そのため、日本に持ち
込こまれたものが
野生化やせいかしたといわれています。
日本にお茶を持ち
込こんだ人としては
平安時代へいあんじだいの
密教僧みっきょうそうの
空海くうかいが有名です。
現在げいざいのように日本で
栽培さいばいされるようになったのは、
平安時代へいあんじだい末すえに
禅僧ぜんそうの
栄西えいさいが
中国ちゅうごくから持ち
込こんで日本で
最初さいしょの
茶園ちゃえんをつくってからだといわれています。
ただ、日本の
中国ちゅうごく四国しこく地方ちほうでは
中国ちゅうごくに無い作り方のお茶がありますので、もっとちがう
道筋みちすじで伝わったことがあるのかもしれません。

鹿児島県知覧町の茶園中国とインドの茶の木
中国ちゅうごくではかなり古い
時代じだいから
利用りようされていたようで、今から2000年くらい前の
漢かんの
時代じだいには
南方なんぽうの
異民族いみんぞくからの
貢物みつぎものだったようです。
逆ぎゃくにインドでは
山間部さんかんぶなどで
自生じせいしていながらも、1823年にイギリス人のロバート・ブルースに見つけられて
製茶せいちゃ産業さんぎょうがはじまるまでは
利用りようはされていなかったようです。
インドと
中国ちゅうごくの中間のミャンマーやラオスでは
食用しょくようにされていますが、それがいつからはじまったかはわかりません。

インド ダージリンのハッピーバレー紅茶園 このように
歴史れきしが古いながらも、いまひとつはっきりしないところが多いのもお茶のおもしろいところです。
大きな地図で見る
お茶が自生しているといわれている地域の概略地図カテゴリ「お茶栽培日記」インド旅行で出合った茶園(旅行記)
○インド旅行記2000〈旅のフィールド〈メモ〉〉
【22.アッサムの茶】
○インド旅行記2000〈旅のフィールド〈メモ〉〉
【52.ハッピーバレー紅茶園(ダージリン)】キッズ スペース
お茶ちゃは日本中にほんじゅうで栽培さいばいされています。お茶園ちゃえんも北海道ほっかいどうや東北とうほく・北陸ほくりくの一部いちぶを除のぞいてほぼ日本中にほんじゅうにあります。もしかしたら、近所きんじょにお茶ちゃが生はえているかもしれませんね。
theme : 家庭菜園
genre : 趣味・実用